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6月27日~7月9日 手術・入院の日々

とうとう手術の体験をしてしまった。 24日から痛み・高熱が続き27日は入院の用意をして病院へ。 PCR検査をして入院。 当日は個室で出入り禁止、それでも夕刻トリナージで手術室へ。 針を刺しながらの検査。 2本入れ終わったところで3本目を胆嚢へ入れると言われた。 同意するしかなく痛みに耐えながら体を動かせず。 局部麻酔なのだが針の行き先は麻酔はない。 3本の管を入れたままレントゲン撮影。 結果、肝嚢胞ではなく急性胆嚢炎が犯人だと言われた。 翌28日に腹腔鏡手術を告げられた。 家内に連絡、病院まで来てもらって先生の説明をお伺いする。 最悪は開腹手術になることも告げられ、全身麻酔のため麻酔の専門医からも説明を受ける。 それから待つこと3時間。 やっと手術室に入る。 27日夜から絶飲・絶食、飲めない苦しみを味わった。 手術室に入ると麻酔で30秒くらいで意識不明に。 術後麻酔が切れて覚醒した時はいきなり目に飛び込んできたのは手術室の天井だ。 無から動への遷移が記憶に焼き付いている。 手術室から出る時にいろんな人が声をかけてくれたように思う。 でも覚えているのは家内の「頑張ったネ!」の一言。 妻の声がこんなに美しい響きをもって聞こえたのは初めてかも知れない。 そして、痛みが身体を突き抜ける。 気管に痰が溜まってこれも呼吸を困難にしていた。 四人部屋に戻っても激痛は収まらない。 痰を吸い出してくれるのだがこれも極めて痛みを伴う。 七転八倒状態を見かねて再び個室へ移動、この激痛を忘れないでおこうと記憶することに専念しながら、痛みの色や形を創造した。 激痛は濃い茶色で角が多い岩のように感じた。 その激痛の中、今まで亡くなった友人を思い浮かべ、このような痛みに耐えていたのかと思った。 自然と涙が出て、追憶と現実の狭間で思考が停止していた。 その後手術をしてくれた先生が様子を見に来てくれた。 「先生、ギリギリでいたか?」、「胆嚢は腐っていた、2・3日放っておいたら死ぬことはなかったがもっと苦しんだだろうネ」。 その後は声も出せなくなり、その日はそのまま眠りについたのだと思う。



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